豊浦の民話 - 「道師川原」


 昔、三瀬の川には水無の方まで「川いお」が上っていました。
 木枯の吹きはじめたある朝早くから若者たちが「川いお」とりをしているとぼろぼろの「けさ」をかけた貧しげな身なりの坊さんが大きな荷物をせなって通りかかりました。それを見かけた一人の者はあまり「川いお」がとれるので面白くなりからかい半分で坊主「川いお」の一匹もくれてやるといいながら、いらないいらないという荷物の上に「川いお」をあげてやりました。
 通行人に無理をする人たちだ。こらしめてやろうとつぶやいた坊さんは川原から二匹の蛭をつかまえ「おか蛭になれ」と藤倉の下の「かしらなし」の沢に一匹又「ざくの沢」にむかって一匹なげました。それがこの二ヶ処にしか住んでいないという「おか蛭」となり今でも山を歩く人をなやませています。又坊さんは水無を立つとき「たもと」に入れた川原の小石を「川いお」になれと瀬波の川になげました。それからたくさんの「川いお」がのぼるようになり三瀬にはこなくなりその時の小石は今も三瀬石といわれているそうです。村の人はあの乞食坊さんが弘法大師様であったと知り通りかかった川原を道師川原とよぶようになりました。
(寄稿 佐藤多津恵)