孝明天皇の頃でしたでしょうか、いつごろでしたか忘れてしまいましたが……その頃、お年寄りが、たいへんそまつにされるので、殿様はかわいそうでかわいそうでなりませんでした。
殿様は「お年寄りを他国につれていって幸せにするから、それぞれの部落で六十才以上のお年寄りを集めてくるように」ふれを出しました。
部落の人達は、自分の家の年寄りを背負って、村はずれにつれて行きました。
しかし、ある人は「他国などにつれて行くと、みんな殺されてしまう、殺されてたまるか」と、縁の下に穴を掘って空気穴を作り、年寄りを目だたないように、その穴の中で暮らせるようにしました。
ほかの年寄りは、みんな集ったので殿様は「これで年寄りは全部か」と聞きました。集った人々は「これで全部です」と答えました。
すると殿様は年寄りを背負って来た村人にむかって「お前達、大変ご苦労だが、灰の縄千尋作ってお城に届けるように」と命じました。
この命令は無理なことでした。村人は親方衆を中心にして色々相談しました。殿様の命令ですし、命令にそむく事が出来ません、どうすればよいやら毎日相談しました。すると穴の中で暮らしていたお年寄りが村人の話しを聞いていいました。
「縄を堅く千尋作って、堅い板の上にのせて、縄のはじめの方から油をたらたら流して火をつけて見よ、燃え終ったら、風から吹きとばされないように、そっと持って殿様に届けろ」と教えてくれました。
村人は、さっそくお年寄りの言うように縄を作り殿様にとどけました。
すると殿様はキット村人をにらみ「これはお前達の知恵ではあるまい、誰れか年寄りをかくしている者がいるに相違ない、すぐつれてこい、わしの手で落ち首にしてやる」と言い、刀をぬき、村人の目の前にぎらつかせました。
すると村人の中の、お年寄りをかくしたおとうさんが進み出て「この私を落ち首にして下さい。私は親のおかげで今日まで暮すことが出来ました、ばあさんは、私を育ててくれたばかりでなく孫や子までも育ててくれた、大切なばあさんなのです。他国などにやって殺されてしまうくらいならと思い、かくして暮らさせて居りました。おばあさんを落ち首にするのなら、この私がわるいのだから私を……」と、手をつき殿様の前に申し出ました。殿様はたいへん感心し、刀をおさめました「年寄りは長らく世の中につくしてくれた大切な人達です、年寄りを集めて他国にやると言ったのも、お前達が年寄りをそまつにするから、みせしめにそう言ったのだ、城に来て見るがいい、わしが年寄りを集め、大切に楽しく暮らさせているから」と言うのでした。
殿様の言う通りでした。広い広いお城の庭園には、お年寄りがみんな楽しそうにしていました。池の鯉をながめるもの、髪をとかしてもらっている者、花をながめている者、みんな楽しそうでした。
それからは村の人達も、たいそうお年寄りを大切にするようになりました。それまでは役にたたなくなった年寄りは山にすてられていたそうです。
(原話 伊関豊野)