豊浦の民話 - 「孝行むすこの伊勢参り」


 昔は、伊勢参りも仲々大変な事でした。三瀬から歩いて九十日百日もかかりました。長い長い道中ですから病気する事もあります。宿屋や休み所で泥棒にだってあわないとは言えません。お金もたくさん必要でした。
 ですから一生かかっても伊勢参りに行けぬ人が多かったのです。
 昔、三瀬にサゴエムと言う家がありました。今の佐五ェ門さんの家かどうかは知りませんがサゴエムとだけ聞いて居ります。
 その頃サゴエムと言う家は、あまりお金持ではなかったのです。ですから父親が七十になっても、この近くの神社やお寺に参拝につれてやる事も出来ませんでした。
 しかし子であるおとうさんは、大変な働き者で親孝行でした。いつもおぢいさんに伊勢参りだけは、かならず連れていってやる、伊勢参りをしないうちは死なせてはならないと考えていました。そして一生懸命働きました。その努力が実ったのでしょう。たくさんワラジも作り、年寄りである父親のために特別な車まで作って、それにのせ、伊勢参宮に出発しました。長い長い歩くだけの旅行です。
 おぢいさんは大変よろこびました「あど、いづ死んでもいい」と思うぐらいでした。子であるおとうさんも、よろこぶおぢいさんを見て満足でした。
 いままで見たこともない景色や今までたべたこともないおいしいものをたべ親子はたのしい旅でした。
 ところが、その帰りみちの事です、もう三瀬もすぐそこだと言う五十川の不動様の辺まで来たところ、急におぢいさんを乗せた車が軽くなりました。おとうさんは驚いて振りかえりました。おぢいさんが乗っていなかったのです。あたりを見廻してもおぢいさんがいません。
 あまり一生懸命車を引いていたので途中おぢいさんを落したのかと思い、またもと来た道を「おぢいさん……おぢいさん……」と呼びながら、からの車を引いて行きました。ゆけどもゆけども、おぢいさんがいません。
 伊勢参りも無事にすませたし、今こうなっては、おぢいさんには申しわけないが、あきらめようと悲しみ、三瀬に帰ることにしました。
 するとどうでしょう。振袖を着た若い美しい娘さんが「サゴエムどやーサゴエムどやー」と手まねきして呼んでいるではありませんか、おとうさんはあのうような、きれいな娘さんが自分にようがあるとは思えませんので、返事もしないで帰る事にしました。すると又「サゴエムどやァーちょっとまでェー、サゴエムどやァーちょっとまてー」と呼ぶのでした。お父さんはしかたなしに立ちどまり娘さんの話しを聞きました「サゴエムさん、あなた、この度び伊勢参りに行って来たでしょう」と言います。
 「はい…おぢいさんも、たいそうよろこんでくれましたが、今ここまで来て車から落ちてしまい、おぢいさんをさがして居りますが、みあたらず困っています」とくわしくお話し致しました。娘さんは「サゴエムさん、おぢいさんは私が引き取りましたなにも心配いりません。おぢいさんは私が幸にしてさしあげます。その外に色々とお話ししなければならない事もございますから、あなたの家に一晩泊めて下さいませんでしょうか」と言います。サゴエムは「伊勢参りから今、帰ったばかりで百日も家をからにして居ります。家の中も乱雑になって居りますし、それに今たべる米も、泊めるだけの寝具もないのです。大変申しわけありませんが、おゆるし下さい。」と言いました「いいえ、そんなものは、なにもいりません、ぜひお話ししたのです、ご迷惑でも一夜泊めて下さい。」とかさねて願うのでした「それ程なら致し方ありません……どうぞお出で下さい」とサゴエムまで二人で帰りました。
 家の中はほんとうに乱雑になっていました。家具らしい家具もなく、さむざむとしていました。
 サゴエムのお父さんは、とりあえず部屋を掃除し娘さんを招き入れました「サゴエムさんサゴエムさん今あなたは何に一番困って居りますか」と娘さんがたずねました「私の家は百姓でもないので、米がなくて大変困っています。ですから、おぢいさんを養って行くにも苦労しました」「そうですか……それなら私が、その米を差し上げましょう……今晩は、おそくもなりましたし、長い旅のつかれもあります、ゆっくり休みましょう」二人は、いろりばたに旅のつかれで休みました。すっかりつかれていましたので、ぐっすり寝る事が出来ました。
 朝、目をさましたサゴエムは驚きました。そこには、米が十俵も二十俵も積んであるではありませんか、いつどうして運ばれて来たのでしょうか、不思議な事もあるものです。サゴエムは娘さんにお礼をいいました。娘さんは「サゴエムさん、サゴエムさん、これだけの米をただ食うだけでは暮らしが楽になるわけでもないでしょうから、私とあなたと、この米で酒屋でもしましょうか」と言い、二人で町に桶類を買いに行きました。そして当分間に合うだけの桶をたくさん買って来ましたお金は娘さんが払ってくれたのです。
 桶などを積んだ二人の車が三瀬の疱瘡神様のあたりまで来たところ、今にも夜にでもなるように、空が急に暗くなり、目の前がまっくらになりました。黒い雲が空一面おいました。そして娘さんが言いました。
 「サゴエムさん、サゴエムさん私は天から天下りした神なのです……お前の今までの親孝行や働きぶりに感心し、そのために米もあげたのです。その米で酒を造り暮らして下さい……おぢいさんは私が引取り楽しく暮らさせます安心しなさい……」と言って雲に乗って、どこともなく、きえ去りました。
 するとどうでしょう空はすっかり晴れわたり、日がさんさんと輝きました。サゴエムは有難く涙を流して伏し拝みました。それからサゴエムは造り酒屋となり年毎に栄えたと言うことです。
 ですから、親は決してそまつにしてはいけませんし、神様だって決してないものではないのです。

原話 伊関豊野