豊浦の民話 - 「うばふところの古狐」


 昔は汽車も自動車もねもださげ……三瀬から町さえぐなは、みな降矢のほう、えたもだでんだ。
 さごめり(伊勢参宮のこと)えぐごきなの、町はずれまで、村うぢ酒だでら、もぢこぼれだでらたげで、見送たもんだ、どのころなの、こげ、家なのなぐでで、まぢながも淋しぐで暗ぐで……。
 昔降矢のほうさ、狐がでで、いぢもいぢも人だまさえで、田、こえでいだでら、川さおぢだでら、人だまさえで、……何人も何人もだまさえるでもの。
 あるどぎのォー了願寺のコンボがのォー、なんぼが、昔は坊主やコンボは利口であったもんでら……コンボがのォ「和尚様、和尚様、うばふところの狐が、人どごだまして、村うぢ困ているさげ、俺どうがして狐どごだまして来るさげ、俺さ白木綿三反もくれちゃ」ねて、そうでもの、和尚はの「コボやコボや狐どごだますねて、わねだまさえるどわりさげ、やめれやめれ」ねてそけど、そだどものォ、コンボはのォ、なってもだましてくっさげ、まづその白木綿三反くれちゃねて、和尚様がら白木綿三反もらて、でがげでえたど。
 コボはのォその白木綿ど油揚五六ぺ、和右ェ門がらかえだ馬ひぱてえたけど。日、とっぷりくれでがら、暗ぐなてがらえたけど。だんだえだんだええて、与惣右ェ門の田の、あだりさえてがら「和尚様やー和尚様やーまだこねがァーこげくらぐなてもこねねて、心配して心配して、むげ来たでばァ和尚様やー和尚様やー」ねて、大声でなりごしてえたけど。
 したでばのォ、山のほうがらガサモソ、ガサモソでわして、しっかりでだて、和尚様なて来たけど、コボは、これは狐がだましだぐで出て来たなだのォて思たども、しらねふりして「アー和尚様よぐ来たよぐ来た、暗ぐなてもあんまりこなぐで俺、むげ来たどごだァ」ねてのォ「こげおそぐなて、腹もへたろし、馬さのて油揚でもくいながら、えぐよえ馬のてくれっちゃや」ねてそうでもの「ヤヤ、ヤヤ、そげえびながらは、かえねさげ、まづまづ馬さのてくれー」ねてのォ、和右ェ門がらかえで来た馬さ、だぎあげでのせだけどォ。なんぼ乗らね乗らねねて、そけででも乗せだけど、そしてのォもて来た木綿で和尚様どごお馬の背中さ、ぎっちりからげだど。あっちからからげ、こっちがらからげ、ぎっちりからげだど。
 和尚様はのォ「コボやコボや、そげからがかねてもえェでば、なりいでさげ、そげさねたて」……ねて、それでども、からげだどォ。コボはのォ「和尚様や和尚様や、お前どご馬さのせで馬がら落して、けがさせでは俺、面目ねさげ……落してはいらえねねげ……からがかねでいらえねさげ」ねて、からげで馬、引張って来たど、そしてのォ久右ェ門のあだり荒町のはじれのあだりまで来たでば「こごらでおろせちゃ、あどえぶさげ」ねて和尚様そうでもの「ヤヤ、ヤヤここまで来ておいで、寺そごだでば、えばせでいらえねしげ」ねてのォ、そのまま寺まで馬さのせで来たど、そしてのォ、和尚様どご馬さのせだまま寺まで来て、戸の口まで馬のまま来て、コンボがのォ「檀家衆やァー和尚様どごせで来たさげ、寺の内外がらみんなチメギかてくれちゃーぎっちりのォ」ねて、なりごしたけど、檀家衆は寺さ油揚えっぺ用意して、大きな火鉢とナンバンもえっぺ用意して、まぢっだけでし、コボは、それどご見でがら白木綿とえで和尚様どご馬がらおろしたけど、そしたでば狐がばげだ和尚様だもださげ、ならべでおえだ油揚くたろォー……檀家衆は、こんど火鉢さナンバンくべでいぶしたどや、ナンバンいぶしでんだ。
 和尚様なた狐は、いぶだぐで、どもななぐで、パットどさえたがし消えで、めなぐなたけどォ、了願寺の和尚様がのォ「コボやコボや、ほらめちゃ狐なのにげだえ」ねてそけど、コンボこんど金づつと棒たげで……狐なのにげれろばや……ど思って寺の中どごよぐ見だど、そしてのォそしたでば、よぐ見だでば了願寺の本尊様が二つなていだけでもの、コンボはのォ本尊様どご拝んで「おらえの本尊様は昔がら、ありがで本尊様で、お経あげっどヨジヨジ、ヨジヨジど鼻どご曲げるなだもの……ほださげ、そださげ、ほんとの本尊様はすぐわがるなだァ」ねて、お経あげはねだどォ。狐はのォやっぱり畜生だもんで、ほろけで、殺さえだぐねもださげ、お経あげはねだでば鼻どごヨジヨジ、ヨジヨジど曲げだけど。
 コボ、こんど鼻曲げだ本尊様どご、うしろさかぐしていだ金づつで、ワチッとなぐったど、そしたでば畜生、キャッてさげぶど本性あらわして、だいの古狐なて死んだけど、そしてコンボが……んばふとごろの古狐どごしたげだけど。とんぴんからりんねけど。