その年は、三瀬の浜で鯖や鯵がたくさんとれました。
 ある秋の日のこと、じんのすけという家のおぢいさんが、隣り村中に鯖売りに出かけました。
 水無の村中を通り、稲杭の立ち並らぶ田んぼを過ぎて、二口橋のあたりまできた頃、まだそんな時刻にはならないと思っていたのに、なんとなくうす暗く、すっかり日暮れ模様となりました。
 こんな処で、日暮れになられては……。と思い、ふと見ると、沢の方に一軒の山小屋があり、中からかすかに灯りが見えました。おぢいさんは、
 「いがったちゃ、いがったちゃ。一晩泊めでもたうがのー。」
とひとりごとをいいながら、その山小屋の中には、六十才余りのおばあさんが一人ぼっちで、青白いいろり火の側にかがんでいました。そして、おばあさんは、
 「ぢさま、鯖売りだがー。暗ぐでいがいねば泊まっていげちゃ。」
といいながら、おぢいさんが背負ってきた鯖を、みるみるうちに何匹となく食べてしまいました。
 おぢいさんは、びっくりしてしまい、
 「ただでみな食わえでしまえば、あきねさえなぐなってしまう。銭ごせちゃー。」
といいました。するとおばあさんは、
 「銭などやらえね。そげだごというど、ぢさまどごものんでしまうさげのー。」
とものすごい顔で、おぢいさんをにらみつけました。
 おぢいさんは、これはあやしいおばあさんだぞ……。と思いましたが、日もとっぷり暮れてしまったので、しかたなく土間にむしろを敷いて泊ることにしました。
 眠ったふりをしたおぢいさんが、むしろの端からそっとのぞいて見ると、おばあさんは、いろりの側にあった大きな櫃のふたをとり、その中に寝るようすでした。そして間もなく、櫃の中からけもののような寝息が聞こえてきました。ますますあやしいぞ……。これはきっと、この峠に出る化けものだ。なんとかして退治しなくては……。と決心したおぢいさんは、じっと夜のふけるのを待ちました。
 真夜中頃、こっそり起きたおぢいさんは、大きな茶釜いっぱいにお湯を沸かし、いろり火で火箸を真赤に焼き、そっとおばあさんが寝ている櫃の側に寄り、手に持った焼き火箸をキリキリ、キリキリと錐もみして、櫃のふたに穴をあけました。
 すると櫃の中で、おばあさんが目をさましたらしく、
 「キリキリ鳥が鳴くさげ、そんま夜明げるのー。」
とつぶやきながら、またひと眠りするようすでした。いまだ……。とばかりおぢいさんは、ぐらぐら煮えた大茶釜のお湯を、櫃のふたの穴から一気に流し込みました。
 櫃の中では、おばあさんが、
 「あっちぇちゃ、あっちぇちゃ。鯖売りぢさまやー、銭もやっさげ、助けでくれちゃー。」
と悲鳴をあげました。おぢいさんは、
 「おれどごのむぞー。なんてそうものなの、化げものださげだ。だーれ助けらえるもんだが。」
といい返して、櫃のふたを押えつけました。
 間もなく音も聞こえなくなったので、おぢいさんがおそるおそる櫃のふたをとって見ると、中には大きなむじなが焼け死んでいました。
 それは、歳を経た大むじながおばあさんに化けて、この峠を通る人びとに難儀をかけていたのでした。
 この話しを伝えきいた村人たちは、それ以来この沢を“じんのすけぢぢい沢”というようになり、いまも俗称としてその地名が残っております。 

(原話 佐藤多津恵 再話 佐藤広雄)